交流部会 (2011年度)


映画・演劇鑑賞(10名)
 祇園祭も間近い7月12日、映画・演劇鑑賞交流部会では京都コンサートホールにて“オテロ”を鑑
賞しました。最盛期のプラシド・ドミンゴ主演、フランコ・ゼッフィレッリ監督、ロリン・マゼール指
揮、ミラノスカラ座管弦楽団演奏と究極のスクリーンオペラを、涼しく快適な空間で時のたつのも忘れ
て堪能しました。その後ホール内のフレンチレストラン、ラ・ミューズにて、JAUWの会について雑談を
しながら昼食を楽しみました。

 今回は同好会初の試みで、世話役の方で企画しましたが、次回からはメンバーの意見を参考にし、よ
り良い会にして親睦を深めて行けたらと思っています。


200年前の女性たち―イギリス古典小説に見る―」(久代先生を囲んで)(13名)
 小説という文学のジャンルが形成されたのは、18世紀前半イギリスにおいてである。イギリスでは産
業革命の発達と植民地からの膨大な富の流入によって、中産階級が勃興・成熟し、女性の教育水準が高
くなり、その結果、彼女たちが小説の読者層を形成したのである。ジョン・ロックの『教育に関する諸
考察』など、女性の教育論が盛んに語られ、ダニエル・デフォー、サミュエル・リチャードソンなどの有
名な作家も女性の教育について論じた。例えば、女性は読書によってどんなに深い教養をつんでも、優
雅さと家事管理能力を失ってはいけないとか、小説からの悪影響を懸念して、作家に道義的責任の自覚
をもとめる議論もあった。

 オースティンは、当時流行していた非現実的なゴシック小説/恋愛小説(romance)に飽きたらず、
それをnovelの次元にまで高めた作家といわれている。この作品はまず20代に書かれ、30代に大幅に
書き直されて出版されたのであるが、当時は女性が小説を書くなどとはとんでもないことであって、開
き扉には「『分別と多感』[Sense and Sensibility] の作者による」とあり、著者名は記されていない。

 彼女はこの小説のほかにも、『分別と多感』(Sense and Sensibility )、『マンスフィールド・パ
ーク』(Mansfield Park )などを書いているが、主として中産階級(地主階級)に生きる結婚適齢期の
女性を描いている。この作品の中でもさまざまな境遇と性格の女性たちがそれぞれ夫を見つけるまでの
人間模様が、時に美しく、時に皮肉をこめて、時に滑稽に、描かれている。この当時は男性の場合、長
子相続という慣行があるため、長子以外の男子は、何の財産ももらえず家を離れ、聖職者、軍人、法律
家などの分野に出ていかなくてはならなかった。一方、女性は、結婚適齢期(2223歳位)までに、資
産があってその他の条件も良い男性を見つけようと、両親・本人とも苦労をした。この階級で、教育は
あっても資産がなく、良縁にも恵まれない女性は、家庭教師、家政婦、その他の職業について自立して
いくが、いずれも給料が安く、不安定なものだった。作中でも、ヒロインのエリザベス・ベネットが、
自分は愛情のない結婚はしたくないし、そのような相手が現れる可能性は少ないから、オールドメイド
になって、お姉さんの子供の家庭教師になって生きる、などと言う箇所がある。

 この作品は、主人公2人(エリザベスとダーシー)が紆余曲折を経て、お互いの愛情を確認し、結婚
にいたるという話である。ダービシャーに広大な領地をもつ大地主だが、高慢で、他人を見下す態度を
とるダーシーに対して、エリザベスは、最初彼に抱いた偏見や思い込みを徐々に解くことによって、自
分の性格的な欠陥をも認め、反省する。一方、ダーシーも、彼女の家族の礼節のなさや親族の身分の低
さからくる不釣合いを認めながらも、自分の今までの「紳士的ではない態度」を反省し、彼女への愛に
よってそれらを乗り越えていく。一見おとぎ話のように見えながらも、エリザベスの生き生きした魅力
的な性格と真摯で自覚的な生き方が、各時代それぞれの女性の共感を呼び、200年もの間、最も幅広い
人々によって読まれているイギリス古典小説になったということがよく分かる。エリザベスの生き方は、
女性の権利や愛情ある結婚の重要性に対する近代的な意識を先取りしていると言えるであろう。

 オースティンの生きた時代は、1776年にアメリカ独立宣言があり、イギリスとその植民地アメリカと
の戦い、1789年フランス革命勃発(その後のロベスピエールのギロチンによる恐怖政治)1805年トラ
ファルガー沖海戦でスペイン・フランス連合艦隊に対する勝利など、激動の時代である。フランス側か
らの軍隊上陸を恐れて、国内では市民軍が結成されていたが、それらの緊迫した政治情勢はほとんど作
品に反映されていない。娘たちが近くの町に駐屯している市民軍の士官たちと舞踏会で楽しく遊ぶ場面
くらいしか描かれていない。また、下層階級の労働者、たとえばベネット家で何人くらいの女中がいる
のか、畑仕事をしている人間についてなどもほとんど描かれていない。それらに対する質問が出席者か
ら出されたが、時間の都合で充分にお話が聞けなかった。それらの批判に対して最近の研究ではまた別
の見方があるようである。

 久代先生はたくさんの資料を配付してくださった。女性の教育や読書に関する18世紀の哲学者・文
学者の意見の抜粋、オースティンの主な小説からの重要な箇所の抜粋などである。この時代の小説を読
むのに必要な基礎知識を、そこから1つ1つ具体的に拾い上げ、全体をつなぐように話されたので、と
てもわかりやすかった。

 出席者は、英文科卒業生が多かったが、他学部の卒業生もいたので、質問が幅広くなり、興味のある
議論ができた。久代先生にお礼を申し上げて、散会となった。


ようこそ Marion Maule さん
 1989年秋。「宇治十帖ゆかりの地」の文学散歩に英国人女性が参加していた。マリオン・モールさん。
Fan
Antiqueの収集家で、日本の庭園や風習にも関心が深く、その講演拝聴の後、皆で彼女に着物を
着せ、扇子を持たせて記念撮影。楽しい出会いとなった。

 何度目かの来日で願い叶って1995年度、同志社女子大で英会話と英国文化を講じたが、その間、彼女
ご自身も日本文化研究に励んだ。例えば祇園祭の月鉾に登ると、天井を埋める扇面散図(せんめんちらしず)に歓声をあげ、
源氏五十四帖の図と知るや、すぐ数えだす熱心さ。宗教・建築・襖絵・茶華道など時間の許す限り学び、
帰国後は ”Many Aspects of Japanese Culture”として講演・執筆活動を展開した。東日本大震災に
はいち速く見舞状を頂き、募金活動は今も継続中とのことだ。今年も来洛。11月1日支部の有志が彼女
を囲んで昼食会と「楽美術館」見学をした。扇子収集家のモールさんとの交流は、まさに末広がりで深
まっている。


ノルウェーからリル・イヴェルセンさんをお迎えして (8名)
この日は、終日雨という天気予報が幸運なことに見事に外れ、とても良い天気になりました。2012年4月26日
12時から京都平安ホテル(京都市烏丸通り今出川下る)に於いてノルウェー大学女性協会会員のリル・イヴェ
ルセンさんとご主人、私ども京都支部の役員、会員有志の10名で歓迎交流昼食会を開きました。国は違っても
同じ女性協会への帰属意識も手伝ってか初対面からお互いに緊張感も無く親しみを込めて挨拶をかわしました。
北欧の方らしく、ご夫妻ともずば抜けて体格がよろしく堂々としていらっしゃいました。あとで失礼ながら年齢をお
伺いしたところ、意外にお若いのにびっくりいたしました。ノルウェーは人口約500万。ノルウェー大学女性協会
は、それ一つで全体をまとめていて(支部はベルゲンにあるだけ)、現在会員数200名ほどで、75歳から95歳
の年齢層の会員が全体の70%を占め、高齢化の波には逆らえず、40歳以下の会員数が10パーセントとのこ
と、対策に苦慮されているようでした。協会は年に3回ほど講演会を持ち、その年のテーマにそってセミナーも開
くとのことでした。

リル・イヴェルセンさんはコンピューター会社で商品のデータベースの作成、公務員のご主人は技術者の検定試
験、セミナー企画などのお仕事をされているとのことでした。ノルウェーは日照時間も日本とは異なる上、労働条
件も進んだ国で、特に公務員は8時間労働が徹底され、その間の時間帯はかなりフレキシブルなためご主人は
家事労働を積極的に分担し、食事は3食のうち2回はご主人が作られるとのこと、男女平等の浸透した国柄、奥
様の仕事を十二分に尊重なさり、とても理想的でかつ円満なご夫婦とお見受けしました。前もって一番好きな料
理が天麩羅と伺っていましたので一品付け加え喜んでい頂くことが出来ました。気軽に雑談に参加され、質問に
も丁寧に答えてくださいました。人口の集中したオスロ近辺は緯度の高いわりには暖流の影響で過ごし易い気
候が保たれていること、また塩ゆでした豚肉に細かくつぶしてゆでたイエロー・キャベツを付け合せたノルウェー
の代表的な郷土料理のレシピーを披露してくださる(親切にも後日詳しい調理方法とその写真を添えてメールを
してくださるとのことでした。)等々、色々身近な話題について話し合う中で、とても楽しい有意義なひと時を過ごし
ました。
またノルウェーはクオータ制発祥の国で、ジェンダーフリー、男女共同参画等においても日本に比べ数段先を行
く国ということですが、より女性が働き易く、益々社会進出を可能にするため公的な幼稚園増設に取り組んでい
るということでした。

今回の来日は彼女が3回目、ご主人は2回目で、今回は観光旅行とのこと。彼女は京都府立大学の文化人類
学科で、"Gender Hierarchy in Japanese Society (「日本社会における社会的性差による序列」)の題で修士号
を取得されています。短い京都滞在中にも既に桂離宮、東寺 二条城等と精力的に訪れ、日本を見極めたいと
いう強い思いが伝わってきました。次の予定が祇園をまわりショッピングをするということで、わずか2時間半のあ
っという間でしたが充実した交流昼食会を持つことができました。最後にホテルの日本庭園に出て趣のあるあず
まやを中央奥に、みずみずしい新緑と真っ赤に咲き誇ったさつきつつじをバックに集合写真をパチリ。名残を惜し
みつつ握手を交わしお別れをいたしました。