第2回例会講演要旨「バングラデシュの田舎のクリニックで活動して」

講師:乾真理子医師  2011924

 日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)は、1960年に設立され、アジア・アフリカの医療に恵まれ
ない地域にワーカー(医師、看護師、医学療法士、栄養士など)の派遣と奨学金支援をすることによ
って、その地域の草の根の人々の自立を助けるという目的をもつ、あまり大きくはないが歴史のある
日本を拠点とするNGOである。

 乾さんは小児科医として病院に勤めていたが、2007年9月にJOCSの「南インド・スタディ・ツア
ー」に参加して、その時引率していたスタッフの人に、バングラデシュに行ってみたら、と言われ
て、その国に関心を持つようになった。2008年3月に病院を退職して、4月、関西学院大学人間福祉
学部社会企業学科に入学。5月にJOCSの勉強会で、バングラデシュに派遣されている看護師から、
JOCS
の理念は「弱くされた人と共に生きる」ということで、その人たちと一緒にいることに意義があ
る、という話を聞いて、こういう世界もあるのだ、と感動した。そこから大学の春休み・夏休みを利
用して、バングラデシュにそのワーカーを訪ねたり、ホームステイをしたりしながら、自分に何がで
きるかを考え始めた。2009年4月からJOCSのスタッフとして、正式にバングラデシュのカイラクリ・
クリニック(Kailakuri Clinic)に3年間の契約で派遣されることになった。現在は、3か月向こう
に滞在しては、1〜2か月こちらに帰ってくるという生活を続けている。

 バングラデシュ(Bangladesh)は、ベンガル湾に面したベンガル・デルタにあり、国土の大部分が
低平地。ほとんどをインドに囲まれ、一部ミャンマーに接する国である。湿度の高い熱帯気候。毎年
といっていいほどサイクロンに襲われ、国土の何分の1かが水につかるニュースをよく目にする。人
口約1億6千万人(日本:1億2千8百万人)、面積約14.4万km2(日本の本州程度)、公用語:
ベンガル語、宗教:イスラム教(86.6%)、ヒンドゥー教(12%)、ほかキリスト教、仏教など。ジ
ュート、米、茶の生産を中心とする農業国。最近は縫製品(輸入した布などの加工)、革製品、冷凍
魚類の輸出が増加している。1人あたり国民総所得(GNI):520米ドル/年(日本:38,210米ドル
/
年)、平均寿命:66歳(日本:83歳)。5歳未満児死亡率(出生1,000)54人(日本:4人
)。医師数(人口1万人対):2人(日本:19人)(医師も病院も都市に集中しているので、病院
もなく医師もいない村もある)。成人識字率:54%(日本:99%以上)。(「ユニセフ世界子供白書
2010」より)

 バングラデシュの歴史は複雑である。長年インド・ムガール帝国に支配され、19世紀後半からイ
ギリスの植民地に。1947年インドから独立し、イスラム教のパキスタンに。その後東西に分かれて戦
争。西パキスタン(現在のパキスタン)に敗れ、東パキスタンという国名に。1971年にバングラデシ
ュ人民共和国として独立。戦争でインフラ構造は壊滅し、経済は疲弊、海外からの援助に依存する構
造になっている。

 バングラデシュの政治にはいろいろ問題が多い。2大政党制で、政権が交代するたびに汚職が発覚
する。現在は女性の首相。地方行政は、イギリス植民地時代の名残で、人民の自治より、上から統治
するという形が続いていて、上の政策はなかなか下に伝わらない。政府の力は限られているので、
NGO
の力が大きく、大きなNGOがほとんど政府の代わりのようにいろいろなことをやっている。国の
予算は一般予算と開発予算とに分かれているが、開発予算の50%は外国からの援助である。

 保険医療サービスに関しては、公的な健康保険制度はない。現在はブラックという世界最大のNGO
が保険医療サービスのほとんどの業務を受け持って仕事をしているという状況である。

 
カイラクリ・クリニックは、首都ダッカからバスその他を乗り継いで5時間以上かかるところにあ
る。20〜30年前にニュージーランド人のDr. Bakerが始めた施設であり、モットーは”Health
care for the poor, by the poor
(「貧しい人による、貧しい人のための医療」)。スタッフ90
(地元の人たちが、教育を受けながら、医療スタッフの仕事に従事している)、マネージャー1名
 (
地域のNGOからの派遣)、医師1名からなり、地域17の村(人口約13,800人)に最低限の基礎的
医療を提供している。外来診察部門、入院部門、訪問母子保健プログラム、糖尿病治療サブセンター
がある。収入は主に海外からの寄付金でまかなわれている。

 他の病院では入院患者に食事は出さないが、ここでは病院の畑で取れる野菜、飼っている乳牛から
とれる牛乳、鶏が産む卵などを使って、入院患者に食事を出す。患者の家族も、クリニックの仕事を
手伝うという条件で食べる。スタッフも料金を払って食べる)。患者は無料。

 「訪問母子保健プログラム」のスタッフは17名。妊娠・出産・小児ケアーにかかわる教育を行っ
たり、予防接種・家族計画の指導などをする。 

 糖尿病患者が多いので、別のサブセンターがある。患者数約1,200(地域の全人口の1割弱、非
常に多い)。患者自身による尿酸検査、インスリン量管理、などを指導。

 乾さん(彼女は今は医師ではないので、先生とは呼ばないでほしいとのこと)はここで、次のよう
なことをし、またしたいと思っているとのお話だった。
@ベンガル語をスタッフの2人から学びながら、生活文化を勉強している。この地域では宗教共同体
と民族共同体とは一体。クリスチャン(カトリック):50%、イスラム:40%、ヒンドゥー:10%で、
スタッフの宗教も様々だが、病院が出来てから、異なった宗教の人々がお互いに交流ができ始めたと
いうことである。
Aスタッフに助けてもらって、患者を診察している。カルテも作る。患者とのかかわりを通して、プ
ロジェクトのシステムを理解する。糖尿病サブセンターにも自転車で行き(1時間くらいかかる)、
訪問母子保健プログラムでは、スタッフと一緒に家庭訪問をしている。
B世界中から見学者が来るので、その応対の中で、世界とカイラクリ・クリニックとを結ぶという意
識で仕事をする。
C日本が、医療的にも資金的にもこの施設を援助することで、さらに世界へとつながっていくことを
期待している。

 以上の乾さんのお話をみな感動を持って拝聴した。ビジターの9名は、いずれもバングラデッシュ
へのNGO活動にかかわっている方々で、活発な質疑応答があった。会員の高橋千夏さんもルーテル
教会を通して昔からバングラデッシュへの支援を続けてこられ、以前は毎年のように出かけていらっ
しゃったとのこと。

 お話の中で、「医師らしい仕事をしていないので、残念に思うことがある」とおっしゃった箇所
や、ベイカー博士やスタッフとの対応の中で「かりかりすることがある」とおっしゃっていたのが印
象に残った。乾さんの医師としての力量と経験が充分に生かされていないのではないかと思った参加
者から、それについての質問があったが、3年が終わるまでは頑張っていく、とのお返事だった。

 それにしても、人生の半ばを過ぎて、今までの医師の仕事を辞め、このボランティアにうちこまれ
ているのを拝見して、その精神の強靭さと、熱帯気候の過酷な条件の中、日干し煉瓦の家に住み、豆
スープ、魚、鳥、卵のカレーを毎日食べられる強い肉体には感嘆した。普通の日本人なら1週間くら
いで音をあげるか、病気になるのではないだろうか。お話をお聞きすると、ご家族も心から応援して
いらっしゃるようなので、きっと乾さんが心身ともにタフなのをご承知なのだろう。しかし、くれぐ
れもお体を大切にご活躍なさってほしいという思いで、参加者一同お見送りした。