1回例会講演要旨

「近年の京都市の文化政策と事業について―受け継ぐことそして創ること―」  講師:奥美里京都市文化芸術担当局長    2014年6月28日

 

奥氏は、中川支部長が京都市役所の都市計画部長だった時に係長として、3年間仕事を一緒になさった。また中川支部長が、京都市役所内で係長以上の役職についている女性で構成される「三角の会」を立ち上げて、男性中心社会の中で生きていく問題を話し合う場を作ったが、支部長が初代会長で奥氏が最初の1年幹事を務められた。そのようなお二人のご縁があり、今回お話をしていただくことになった。以下、奥氏のお話の要約である。

 

        

自己紹介

私は大学では日本建築史を専攻し、文化財の勉強をして、昭和54年に市役所に建築の技術職として採用された。それ以来ずっと、主として、公共建築物の設計、建築指導行政、地域の町づくりなどにソフトとハードの両面から携わってきた。たとえば、左京区の花背山の家、地域の文化会館、保育所、児童館、老人施設、学校、公衆便所の小さいものまでを手掛けた。平成16年、河原町五条の「ひと・まち交流館」の地下にある「景観町づくりセンター」の次長となり、京都に残るいわゆる京町家の再生・保存の仕事を通して、地域の町づくりのお手伝いをすることになる。そこで役所に入って初めて、純粋の文化財ではないが、自分が昔勉強した日本建築史にかかわる仕事に戻ることができた。

 

6年前に二条城事務所長に就いたが、そこでは国宝や重要文化財の修理・管理などに携わり、文化財にかかわる仕事ができたということで非常にうれしかった。その後は町づくりの仕事に戻ったりしながら、一昨年文化芸術局文化芸術推進室長になり、昨年文化芸術担当局長になった。この仕事は、京都市の文化芸術全般にかかわる政策を立案・施行する部署で、文化財を守ることと、無形文化遺産を守るという2つを所管している。今日は、主に京都市の文化芸術の現状と京都市のそれに対する取り組みについてお話したい。

 

京都とはどのような町なのか

他の都市も同様の文化政策はもちろん持っているが、京都は特別だと思う。1200年の間みやこだったということで、京都には信じられないほど多くの文化遺産、文化芸術が存在している。神社仏閣の多くの大本山が京都にあり、また、能、狂言、日本舞踊、茶道、華道など伝統芸能の多くの家元が京都にある。多くの歴史的大変動にもかかわらず、そのつど蘇り、日本の文化芸術の中心地として、京都は、世界にも類を見ない都市として続いてきている。

 

京都市文化政策の歴史

京都市の文化政策について少し述べると、昭和16年に市役所に文化課ができる。戦後はいち早く、多くの文化施策に着手し、昭和53年に「世界文化自由都市宣言」を行い、平成18年には「京都市文化芸術都市創生条例」を施行した。これは、京都市が、広く世界と文化的に交流することによって、優れた文化を維持し、永遠に新しい文化都市であることを理想として作られたものである。基本理念としては、1)文化芸術が日常生活に溶け込み、市民がそれを楽しんでいる町、2)文化財の保存・活用に対する市民の支援の輪が広がり、文化財が社会全体で守られ、地域の活性化につながっている町(例えば、祇園祭が良い例)、3)そして、その「和の文化」を世界に発信する町、そのような町づくりである。

 

「条例」は平成19年から10年計画で実行されているもので、今年はその前半期が終わった年にあたる。その間の社会経済状況はどういうものだったかというと、1)リーマンショックに始まる世界的な金融危機、それにともなう京都市の厳しい財政事情、2)人口の減少と少子高齢化の進行、3)ICT(情報通信技術)の急速な発展に伴う世界的規模の交流の活性化、4)東日本大震災による社会全体への影響などがあげられよう。

 

「条例」前半期の取り組みの成果と見えてきた課題

そのような社会・経済状況の中で、京都市の条例はどのような成果を上げただろうか。また、見えてきた課題はどんなものだろうか。

 

1)将来的には国立京都伝統芸能文化センター(仮称)を設立するという目標を持っているが、そのイメージを明らかにするモデル事業として、「京都創生座」を立ち上げ、そこでさまざまな伝統芸能の舞台公演を実施することで、新たな観客を開拓してきた。また、源氏物語千年紀事業に取り組み、多数の催しを行った。  

 

2)学校の跡地を利用して映画を上映したり、子供に文芸の楽しさを教える「ようこそアーティスト 文化芸術特別授業」を実施し、学校、児童館などにさまざまなアーティストを派遣して、子供が文化芸術に親しみ、楽しさを知る試みに取り組んだ。ひと昔前には、子供はごく自然にお茶、お花、日本舞踊などの習い事をしていた。先生もたくさん町中にいた。しかし今は子供は授業ではじめてお茶、お花に接する。また、家に和室のない子供も多い。

 

3)京都に芸術大学は多いが、卒業生はほとんどが東京に出ていく。京都に住んでもらって、制作発表できる場ができないものか。その取り組みの1つとして、烏丸四条上がる西にある明倫小学校の校舎を使って作った「京都芸術センター」で、若手芸術家に場所を提供することで、若手芸術家育成・活動支援を行った。また、町づくり委員会は、京都には空き家になっている町家が多いので、若手のアーティストが住めて、制作できる場所として、その斡旋をしている。

 

4)文化ボランティアなど市民参加による文化芸術都市づくりを目標に、たとえば、「キャンパス文化パートナーズ制度」を創設し、会員大学の学生が京都にいる間に、彼らが京都市文化施設を利用するときの特別割引(100円)をしている。

 

以上のような取り組みをしてきた5年間に、特に次のような課題が見えてきた。1)伝統芸能文化を受け継いで,次世代に継承する人材の育成の早急な取り組みが必要。2)市の方からの情報発信が必ずしも市民にうまく伝わっていない。そのシステムの改善が必要。3)市の所有している文化施設には老朽化が目立つものも増えているので、それらを再整備することが必要、などである。

 

「条例」後半期の具体的な取り組み

上の課題のなかで、「

文化施設を充実させる」に重点を絞ってお話をしていきたい。

 

二条城 私が所長をしていた二条城は京都市所有で、市が管理している。1867(慶応3)年、徳川慶喜はここで大政奉還の意思を発表し、以後は皇室の離宮として使用されていたが、1939(昭和14)年に宮内省から京都市に下賜された。二条城文化財は、国宝6棟、重要文化財22棟、障壁画1,016枚があり、二の丸庭園は小堀遠州作で特別名勝に指定されている。1994(平成6)年に世界遺産に登録された。桜の頃は夜間ライトアップされ、非常に美しい。清流園では結婚式を挙げることもできる。年間150万人の入場者があり、黒字であるが、国宝、二の丸御殿など文化財建造物などの本格的修理を行っていて、莫大な資金が必要なので、「世界遺産・二条城一口城主募金」を募っている。(一口一万円の寄付をすると、特典として、徳川慶喜が大政奉還を発表した場所に座ることができる。) 募金箱も置いている。二条城にいらっしゃった時は、どうぞご協力をおねがいします。

 

京都市美術館 この美術館は、昭和8年に昭和天皇のご大典を記念して造られた日本で2番目に古い大規模公立美術館である。昨年は美術館開設80周年記念の年だった。主な収蔵作品は、明治以降の京都を中心とした日本の近・現代美術で、各種展覧会、外国展覧会が開催され、近・現代美術の拠点として大きな役割を果たしている。年間70万〜120万人が訪れる。オリンピックはスポーツの祭典だが、実は文化芸術の祭典も必ず一緒にやらなければならない。それを東京だけでやるのではなく、全国でやってほしい。特に京都は色々なことをやってほしいという要望もあるので、市美術館を何とかその時までに再整備したいと思っている。これにも多大な財源が必要なので、今それで頭が痛い。

 

京都市コンサートホールと京都市交響楽団 京都コンサートホールは平成7年クラッシク専門のホールとして北山に開館した。京都市交響楽団はこのコンサートホールを拠点として活動しているが、自治体が運営している全国で唯一の交響楽団で、団員は市職員である。定期演奏会は16回続いて完売で、当日券が買えないという苦情も多い。来年から年2回の定期演奏会を考えている。この3月に東京のサントリーホールでの公演は1月前に完売だった。来年20年ぶりにヨーロッパ公演を行う。日本での実力は現在ではN響の次、あるいはもしかするとN響に負けないかもしれない。市内の小さなホールに楽団員が出かけて行って、「オーケストラ ディスカバリー」と題する小規模で親しみやすいプログラムの音楽会も開催している。

 

京都会館(ロームシアター京都)京都会館は昭和35年、京都の文化の殿堂ということで、モダニズム建築として建てられた。岡崎界隈で、京都近代美術館、府立図書館、京都市美術館などと形成する景観の重要な一部を占めてきたが、この50年間で老朽化が進み、また、コンサートホールが北にできたので、ここは音響が悪いということで、舞台や講演会場として使われることが多かった。

 

今回建て直すにあたって、二条通りに面するプロムナードと第2ホールは保存して、第1ホールについては、老朽化が激しいので、コンサートホールが北にあるということで、バレー、オペラ、その他さまざまな舞台芸術の上演ができるような、4層バルコニー構造で約2000席のホールに作り替える。戦後の建物として保存を要望する声がたくさん来ているので、全体の半分以上と中庭を残し、モダニズムのデザインを継承しながら、京都の文化の伝統を示す建物として復活させようとしている。平成28年7月にオープニングを予定している。株式会社ロームから、ロームという名前を50年間使う命名権(name right)料として50億円をもらうので、50年間は愛称として「ロームシアター京都」を使うが、正式には「京都会館」である。

 

京都市動物園 市動物園もリニューアルが終わり、再出発している。動物園でも「餌代サポーター制度」があり、気に入った動物の餌代として寄付をすることができる。また、「ゴリララーメン」というのを売店で売っていて、1袋買ってくれると、動物園に2円入る仕組みになっている。動物園にいらっしゃった時はどうぞご協力ください。

 

最後に

 私の仕事がら、お金のことばかり申し上げたが、最後に申しあげたいのは次のようなことである。――京都では、人々の暮らしの中で文化芸術が継承されてきた。多くの寺社があり、多くの伝統芸能を担う人材が輩出されてきた。お花、お茶、伝統産業、町家、おばんざい、地蔵盆、祇園祭などが連綿と続くことで培われてきた豊かな社会基盤の上に、他の都市にはない悠久の歴史が流れている。その中で、私たちがしなければならないのは、無形文化遺産をしっかりと守りながら、未来を担う子供たちへ教育の場を通してそれらを伝えていくこと、そして、伝統行事などを含めた文化芸術による地域の町づくりを、市民をまきこみながら発展させていくことだと思う。ご清聴ありがとうございました。

 

        

 

出席者はほとんどが京都に住んでいて、京都の文化に対する深い関心を持っているので、奥局長のお話を興味深く拝聴した。お茶の後、質疑応答の時間に移り、いくつかの質問が出されたが、その中のいくつかを上げてみよう。

 

1)「国宝とか重要文化財に対する国の補助はどうなっているのか」という質問に対して、国宝、重要文化財の場合は2分の1を国が補助する。市の指定文化財の場合は、京都市が少しは負担しなければならないのだが、財政難で年間2千万円しか予算がないので、補助のほしい人は順番待ちである。6年後にオリンピックが来るので、今年から6年間限定で予算を年間5千万円に増やし、その文化財を公開することを条件に一定の補助をすることに決定している。清水寺のようなところは黒字だと思うが、小さな寺とか神社は入場料を取らないから経済的に苦しい。由緒ある梨木神社がマンションを建てたが、風致地区に指定されていないので、情けない話だが、禁止はできない。文化財を守るにはお金がかかるので、本当に大変である。

 

2)「京町家は現在どのような状態なのか」という質問に対しては、京町家は、調査によると毎年2%ずつ減少している。それを止めることはなかなか難しい。市は使いたい人を斡旋する仕事はしているが、個人の所有なので、支援金でどんな風に修理して、どんな風に使うのかなど、財源の問題もあり、相続税の問題もあり、なかなか難しい、というお返事だった。

 

        

 

最近京都市は話題になることが多く、観光に訪れてみたい町はどこか、という国際的なアンケートに対して、パリを抜いて京都が第1位にあげられた。また、「和食」の素晴らしさが理解されるようになり、パリなどでは昆布だし、かつおだしのおいしさが話題になったりしている。そのような中で、奥局長の京都の文化芸術政策についてのお話は非常に興味深かった。

 

彼女は最近毎日新聞の「京の人今日の人:京都市文化芸術担当局長・奥美里さん」の中で次のように紹介されていた。――「奥美里さんは、祇園祭の山鉾巡行の順番を決める「くじ取り式」に立ち会い、当日(72)には、山鉾が順番通りに巡行しているかを確かめる「くじ改め」の奉行補佐を務めた。暑中のなか約3時間、奉行(門川市長)の隣で、えぼしをかぶった装束で儀式を見守った。女性初の大役である。」

 

奥局長は、その長いキャリアのなかで、「女性初の」という形容詞をいくつも持っていらっしゃる。――女性初の二条城所長、女性初の文化芸術担当局長、女性初の祇園祭の奉行補佐、などなど。しかし、ご友人の中川慶子支部長と同じように、肩を張ったところがなく、穏やかで、ご円満なお人柄とお見受けした。京都市役所という保守的な職場で色々な差別も経験され、役職におつきになってからも、役も年も下の男性にお茶を出したりしたということだが、自然体でキャリアアップなさっていらっしゃったのだろう。最初の頃は女性は自分1人だったが、今では若い層では男女半々だということである。キャリアウーマンの草分けとして、本当に頭の下がる思いである。

 

京都の文化芸術政策のお話を聴いて、金融危機以来、削られるのはまず文化予算だということがよく分かった。京都という町の文化の深さと豊かさを、どうにかして維持していきたいという思いがひしひしと伝わってくる良いお話しだった。私たちは十分に京都の文化を享受して来たのだから、せめて二条城に行ったときは寄付をしよう、動物園に行ったときは動物の餌代募金に寄付して、ゴリララーメンを買おう、と皆さんは思ったことだろう。

 

        

 

講演会終了後、中川支部長から5月に東京の都市センターホテルで開催されたJAUW全国総会の報告があった。支部からの出席者は7名。5月17日(土)には支部長会と懇親会、18日(日)の午前中に第3回定時会員総会、午後から「CSW/NGOに参加して」と題する講演と懇談が行われた。今年は阿部会長の退任に伴い、中村久瑠美会長が就任、理事会のメンバーも大幅に刷新され、また組織の変更も行われて活気に溢れた総会だった。IFUWからベル会長の名代として本部スタッフのキャロラインさんの挨拶があり、講演も国連婦人の地位委員会に参加された3名の臨場感に富んだ報告とあわせて、JAUWの国際的な役割の一面が印象的だった。