第2回例会講演要旨

「アジアの留学生を招いてのシンポジウム」                      2013年9月28日

この企画は、支部役員・阪田敦子さんのご提案とお世話で実現した。阪田さんが所属している「カーフ(KAHF)
」(Kyoto Association of Host Families、京都ホストファミリー協会)は、1984年に京都大学の数人の教
師(創立者の中には、支部会員・西芳子さんとお亡くなりになったご主人も)によって、京都に滞在している
留学生の世話をする民間ボランティア団体として設立された。会は2011年に創立25周年を迎えた。この会に
参加する留学生は年間7080名で、設立以来の登録人数は、延べ1,800人、世話をするボランティアは、延
450ファミリーにのぼるということである。世話をする人は、経済的援助はしないが、家庭での食事に招
いたり、本人の行きたい所に連れて行ったり、本人が困っている問題を解決する手伝いをしたり(阪田さんの
場合、担当した留学生夫婦の奥さんの妊娠、出産で走り回ったこともあるとのこと)と、それぞれが出来る範
囲で精神的なサポートをすることを目的としている。今回お招きした3人もここに登録している留学生であ
る。

出席した留学生:
中国     趙頴(チョウ エイ、愛称:エコさん) 24
          京都大学薬科研究科   左京区在住

タイ     Sanpakd Piraya(サンパキッジ ピラヤ、愛称:ターンさん) 22
             
京都造形芸術大 情報デザイン科 左京区在住

インドネシア Andarini Lidwina(アンダリニ リドウィナ、愛称:リリーさん) 23
             
奈良先端科学技術大学院大学 Information Science   左京区在住

シンポジウムは、中川慶子支部長を進行役として、3人それぞれに、何故留学しようと思ったのか、何故京
都を選んだのか、京都での生活はどうか、勉強の上で問題はないか、将来の計画は、などをお話していただ
き、休憩を挟んで、質疑応答、意見交換を行った。


中国の趙さんは四川省の出身。「お母さんは漢方医で、おばあさんに育てられました。高校までは四川省だが
、大学は南京市の中国薬科大学を卒業。卒業してから、その上に行こうと思ったが、何も変わらないので、
新しいことをしようと思って留学を選びました。新しい所で、新しい人に会って、「見聞を広め」たいと思っ
たのです。京都を選んだのは、地図を見て、京都の地形が四川に似ていること。また古い街で、文化水準が
高いというイメージがありました。東京には1,2回行きましたが、京都の方がスピードが遅く、自分に合
っています。20119月に来日しましたが、困ったことは、大学院の研究室で、セミナーに出席しても、皆
の発表は日本語なので、あまり分からないことです。研究室の人は難しく、雰囲気はきびしい。助けてくれ
る人もあまりいません。日本人はマナーが良いので、あまり間違いを指摘してくれません。どうやって頑張
っていいか、わからないのが一番困ります。しかし研究室の外のイベントにたくさん参加して良い友達がた
くさんできたので、良かったです。今、大阪の薬品会社に就職が決まったので、それまでに日本語の勉強に
もっと力を入れたいと思っています。」

タイのターンさんはバンコック出身。「日本に来るきっかけは3年前、2か月神戸の近くの塩屋でホームステ
イをして、神戸の日本語学校で勉強したことです。タイに帰り、日本語の勉強を続け、日本財団から奨学金
をもらったので、20118月にこの大学に来ました。現在は、情報デザイン学科で、人に情報を伝えるため
の手段を勉強しています。今2回生。学校では多くのワークショップに出席して、どうしたら情報がうまく
伝わるのか、人と人とのコミュニケーションをうまくするには、どのような方法が効果的なのかを考える勉
強をしています。とても面白いです。自分が面白いと思う所を探して紹介する「伏見の町歩きコース」を作る
という課題が出されたので、伏見稲荷の商店街をインタビューして歩き、歴史的な由来のある所を見つけて
ガイドブックを作りました。それが京都新聞に紹介され、そのコピーは伏見区役所に置いてくれることにな
りました。現在は色々な交流会に参加しています。旅行が好きなので、国内は、九州、長野の上高地、など
に行きました。特に京都の桜と紅葉の時季が好き。将来は日本に住みたいと思っています。母親は以前に九
州大学に留学したことがあり、日本のことをよく知っています。」

インドネシアのリリーさんは今年の4月に来日。「今京大のJapanese Language Programに参加して、日本語
を勉強しています。文部省の奨学金をもらって来ました。日本に来ることを選んだのは、私が関心を持って
いるmedical electronics(医療電子工学)の学科がインドネシアの大学には無いからです。日本は災害時の
人命救助のための医療機器では先端を行っている国です。奈良先端科学技術大学院大学から奨学金をもらい
ますので、20144月から2016年までの2年間、医療電子工学学科の修士課程で勉強します。インドネシア
では地震、津波が多く、いつも多数の犠牲者がでるので、地震、津波で怪我をした人を助ける医療機器の勉
強をして、卒業後は国に帰り、その様な機器を製造する会社を起こしたいと思っています。4月から日本語
を勉強していますが、日常生活の中のやり取りでは問題はありませんが、自分の気持ちを伝えるのが難しく
て困っています。日本は習慣も行動様式もインドネシアとあまり変わらないように思いますが、新しい友人
をつくるのが難しいと感じています。自分の両親は海外で働いているので、私は祖父母に育てられました。9
月の終わりには奈良に引っ越して、大学の寮に住みます。その寮は1階、3階、5階が男性用、2階、4階、6
階が女性用の階で、多くの留学生や日本人学生が住んでいるので、新しい友人ができるのを楽しみにしてい
ます。」

                                    
☆  ☆  ☆  ☆  ☆

休憩のあと、質疑応答と意見交換があった。その前に、趙さんとリリーさんのそれぞれのホストファミリー
の方が付き添っていらっしゃっていたので、一言お願いしたところ、趙さんを引き受けていらっしゃる方が
、自分は専業主婦なので、中国では女性は殆どが働いていると聞いているので、趙さんの漢方医のお母さん
のこと、また女性一般のことをいろいろ彼女に質問して、自分のほうが勉強させてもらっている、と話され
たのが印象的だった。また、リリーさんのホストファミリーはご夫婦でのご出席で、ご主人はインドネシア
滞在が長く、インドネシア語がおできになるので、リリーさんとはインドネシア語で話しているとのことで
、きっとリリーさんは母国語を聞いてほっとなさるだろうと思った。

最初に、皆さんは兄弟姉妹がいらっしゃるのか、東南アジアではまだ男尊女卑の風習が残っているところが
多いと思われるが、娘が外国に留学すると言った時、両親はどのような意見だったのか、という質問が出さ
れた。趙さんは、中国の一人っ子政策のため、彼女は一人っ子。母親は、留学に関しては、勧めたい気持ち
と中国に残ってほしいという気持ちで複雑だった、とか。また、彼女の就職が決まった時も複雑だった。就
職については、趙さん自身もずっと迷っている。就職して、様子を見て、あまり希望にそぐわない時は帰国
しようと思っている、とのこと。彼女はボーイフレンドが中国にいて、将来は日本に来ることになっている
、とのことだった。ターンさんは、弟がいる。留学に関しては、父親は反対だったが、母親は昔九州大学に
留学していたことから賛成で、その意見が通って留学できたとのこと。弟をまず第1にというようなことは
無かった、とのこと。リリーさんは姉と弟がいる。両親は弟を連れて外国で働いているので、彼女は姉と2
人で、祖父母に育てられた。留学に関しては、両親とも反対はなかった、とのこと。

次に、日本に来て一番困ったこと、一番良かったことは何かと聞かれて、3人とも口を揃えて、困ったこと
としては、日本語の難しさをあげていた。京大では留学生に対する語学教育は充実しているように思えるが
、その他の大学ではそれほどではなく、皆さん日本語に苦労している様子が良くわかった。登録している留
学生に対して、「カーフ」がまとまった語学教育制度を持っていないのが意外だった。出入りが激しく、それ
ぞれ水準に個人差があるということで難しいのだろうか。一番良かったこととしては、日本の郵便制度がし
っかりしていること、電車・バスの時刻が正確で、交通の便が良いことをあげていた。

お話を聞いて、もちろん色々な差別的な経験をして、いやな思いをしたことも多いと思うが、皆さんそれは
あまりおっしゃらず、自分の目的をしっかり持って、お友達をたくさん作って、充実した生活を送っていら
っしゃる様子に感銘を受けた。奨学金についても、額は少ないながら、皆さんそれぞれ受け取っていらっし
ゃるので、最近は留学生を誘致するために奨学金を出している大学が多いという話を聞くが、それは本当な
んだなと思った。最後に久保副支部長の挨拶の中に、若い皆さんが日本での経験を母国の将来の役に立てて
くださることを希望すると同時に、日本と母国との友好の架け橋となっていただけたら嬉しい、との言葉が
あったが、東南アジアが色々なところで摩擦をおこしている現在、このような人たちの草の根の気持ちがや
がて、問題を解消する一助となることを本当に心から願っている。閉会後、別の国からの留学生を招いて、
また今日のような交流の機会を持ちたいと役員全員で話し合った。