第1回例会講演要旨「地震学者は何を研究しているのか―地震予知は出来るのか」

講師:住友則彦京大名誉教授    2011625

 

お話は次のような順序で進められた。@先生が経験された地震。A地震とは何か、地震はどうして

起こるのか。B地震には大きく分けて2種類ある―プレート境界型地震と内陸活断層型地震。前者は

今年2011年3月11日の東北地方沿岸部で起こった東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)であ

り、後者は1995年に神戸を中心に起こった兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)である。Cこれら

の地震の予知にどうして失敗したのか。地震予知の難しさ。D「想定外」とは何か。地震予知は今後

どの方向にすすむべきか。E京都の地震の歴史と、京都に大地震が発生する可能性。F砂山のように

もろく、常に揺れている日本の大地の上に住むという宿命を負ったわれわれは自然の厳しさとどう共

存してゆけばよいのか。

 

 3月11日に起こったマグニチュード9の東北地方太平洋沖地震は、プレート境界型地震である。

日本列島は、太平洋プレート、北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの4つの

プレートが集まったところにある。(そのため、日本は地震の巣である。)太平洋プレートはカリフ

ォルニアから出て、年5cmのスピードで1億年かかって日本列島北部に到達し、東北地方が乗って

いる北米プレートの下に潜り込んでいる。これが日本海溝を形成しているが、その2つのプレートの

境界のひずみが限界に達すると、上に乗っている北米プレートがボンと撥ね上がって壊れ、大きくず

れ(ズレの最大は24m以上あった)、その震動によって発生したのが今回の巨大地震と大津波であ

る。宮城県沖、三陸沖南部、福島県沖、茨城県沖を含めた広大な海溝(南北約500km、東西20

0km)が一気に動いたのである。個々の領域の地震動や津波についてはそれぞれ研究され、ある程

度予測も出されていたが、すべての領域が連動して動いたことから、これは1000年に1度という

ような異常現象であり、「想定外」という言葉が使われた。

 現在その発生が予測されているプレート境界型巨大地震は、フィリピン海プレートの潜り込みが限

界に達して起こる東海、東南海、南海地震である。東海地震が2030年代後半に起こる確率は87

%と発表され、それに基づき静岡の浜岡原発の運転中止命令を菅直人首相が出した。過去の記録を見

れば、東海、東南海、南海地震の3つは大体同時に動いている。それに基づき確率予報を出せば、同

時発生した場合、死者2万人、倒壊家屋95万戸と出る。もちろん行政では、将来計画があり予算を

立てなければならないから、何らかの数字は必要ではあるが、単に確率予報に基づく数字を使うこと

がよいのか、難しい問題である。

1995年に起こったマグニチュード7の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)は内陸活断層型地

震である。こうした直下型地震は、陸上の活断層の地下部分で起こる。陸のプレートに対して海側か

ら加わる巨大な力が、地下の弱い部分の岩盤をずらして断層を作り、このずれが地表まで達するとバ

リツと割れ活断層ができる。それは百年から数百年の間隔で起こる。

 

京都の地震の歴史を見てみよう。京都も内陸活断層型地震である。京都は公家、武家、寺などに多

く記録が残っており(最も古くは貞観10年(868年)の地震の記録がある)、それらを見ると京

都の歴史は地震の歴史といっても過言ではない。関西には大きなもので山崎断層、野島断層、花折断

層がある。京都にあるのは花折断層で、慶長元年(1596年)に慶長・伏見地震を引き起こし、伏

見城が全壊した。百万遍のところにも断層があるが、それは、阪神・淡路大震災のあとの発掘・調査

の結果、花折断層とは別のもので、縄文時代以来動いていないことが判明した。記録によると、京都

の大地震は100〜180年周期で発生している。したがって、京都では、花折断層とこの百万遍の

断層とはいつ動いてもおかしくない時期にさしかかっている。

 

さて、地震予知の問題に移ろう。兵庫県南部地震も東北地方太平洋沖地震も予知することができな

かった。何故だろうか。理由はいろいろ考えられるが、まず第1にアスペリティ・モデルに頼りすぎ

ていたのではないか。つまり部分・部分の調査は精密にやっているが、全体を見ることがなかった。

歴史を見れば、貞観11年(869年)に三陸沖で起きた巨大地震が今回の地震のようなものである

可能性が高いと考えられるので、歴史をよりよく勉強して、全体を統合的に見る視点が欠けていたの

ではないか。また、前兆現象の研究、観測に重点を置きすぎていたのではないか。現在はスーパーコ

ンピュータ、GPS、感度の高い地震計などはるかに精度の高いデータを集めることができる。前兆を

捕らえることだけではなくて、データを集め、物理法則を探るという総合的な方向に転換することが

重要ではないか。

 

地球科学は地震、台風などを研究するもので、過去の経験に基づき法則性を見つけ出して未来を予

測していくというのが常套的な研究方法である。10年、100年、1000年と、どこまで遡って

行くのかが根本的な問題である。「想定外」と今回の地震は言われるが、科学は可能な限り想定を続

けるべきである。少なくとも学者にとって「想定外」とは恥ずかしいことだと思わなくてはならない。

講演のタイトル「地震学者は何を研究しているのか」の<の>は、「地震予知はやめたくなった」な

どと言う悲観的な多くの若い研究者に対して、もっと一生懸命に取り組むべきではないのか、という

思いをこめたものである。さらに地震学者はもっと防災に積極的にかかわるべきではないだろうか。

地震がどうして起こるか、地震の初期微動の間にどういう風に逃げたら良いか、など分りやすく書い

た小学生・中学生用のマニュアルを作り、政府、行政に提言する。また、震度7に耐えられる家にす

れば、地震の時死者は大幅に減少する、などの具体的な提案を政府にすることが必要ではないか。

 

最後に、このような日本に住むわれわれはこの厳しい自然とどう共存すればよいのだろうか。「ま

さか」という言葉と「もしか」という言葉がある。「まさか」は「まさか自分の所には災害は起きな

いだろう」というもので、一方、「もしか」は「もしかしたら、がけ崩れがおき、川が氾濫して、家

が流されるかもしれない」と考えることである。この1500年の間に被害を起こした地震は450

回、3年に1回の割合である。これに加えて日本は台風銀座である。日本の自然は「想定外」に満ち

ている。「もしか」を忘れずに生活することが大切ではないかと思う。

 

住友先生のお話は多くのスライドを使い、具体的で系統的で非常に分りやすく、東日本大震災のす

ぐ後なので、出席者は深い関心を持って聴いた。京都の地震について詳しく話して下さったこともあ

り、京都の地震についての質問が多かった。花折断層と百万遍の断層はいつ揺れてもおかしくない、

と言われて深刻になるかと思ったら、皆声を出して笑っていた。「まさか」と思っていたのかも知れない。充実した講演

だった。