2013年度京都支部総会報告と講演要旨

「中東女性の社会進出への課題―フィールドワークから」    講師:中西久枝 会員         2013年4月13日

支部総会(出席者21名、委任状12名で成立)では、最初に、任期満了に伴う支部長選出について、現支部長
中川慶子さんの再任が承認された。これは、昨年11月に支部長推薦委員会(支部長経験者および現役員の合
12名が出席)が開かれ、全員一致で現支部長の再任を推薦したことによるものである。役員9名について
は、新支部長から、都合で辞任する1名以外は、全員留任する旨の報告があった。この体制で向2年間、支部
活動を継続・発展させたいので、会員の皆さんのご支援をよろしくとの挨拶があった。その後、昨年度の事
業報告、会計報告、監査報告並びに今年度の事業計画、会計予算が承認された。各担当から報告があった。
昨年と同様に、『2012年度京部支部活動報告』が作成された旨が報告された。

昼食を挟み、会員の同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科の中西久枝教授から「中東女性の社会
進出への課題 ― フィールドワークから」と題する講演をお聞きした。中西先生は、カリフォルニア大学ロサ
ンゼルス校(UCLA)大学院歴史学研究科で中東問題についての論文でPh.Dをお取りになり、2001年名古屋大
学大学院国際開発研究科教授(名古屋大学初の女性部局長)を経て、2010年から現職。専門は中東の現代政治
、イスラームとジェンダーなど。著書は『イスラームとヴェール』など多数。

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「一般に、中東における女性の社会進出は、他の地域に比べてあまり進んでいないというイメ
ージがある。事実、人間開発指数について他の地域と比較すると、最も低いのがサブ・サハ
ラアフリカ、次に南アジアであり、アラブ諸国は下から3番目となっている。他方、中東の女性
については、ヴェール着用の習慣や義務などが社会進出の壁になっているのではないかと
いう固定観念がある。しかしながら、ヴェールの持つ政治的、経済的、社会的、文化的意義
は多様であり、中東の女性はヴェールゆえに社会進出に対し内向きであるとばかりは言えな
い。中東の女性の法的、政治的、経済的、社会的地位は、アラブと非アラブ(イラン、トルコ、
アフガニスタン、パキスタンなど)の違い、産油国か非産油国か、部族社会的な習慣がどこまで残っているかなど、さまざま
な要因によって異なり、一般化することはできない。

それをあえて一般化すれば、女性のライフサイクルが欧米や日本とは伝統的に異なる点が指摘できる。伝統的には、18歳
くらいまでには結婚し、その後出産となり、高等教育を受けることは二の次であった。しかし、特に都市部、産油国などでは、
結婚年齢は上昇しており、20代の結婚が多くなっている。大学に進学する女性の率も増えており、以前は結婚してから大
学に行く女性もいたが、現在は、欧米や日本のように、大学卒業後就職し、結婚、出産というパターンもよく見られる。

家族生活における女性の地位について言えば、女性の家庭での発言権は強いが、社会的には女性は守られるべき性であ
るという考え方が強く、これはイスラーム以前の部族社会の名残りである。女性のヴェールは、イスラーム以前から地中海
地域で高貴な身分を示すステータスシンボルとして着用する習慣があったが、それがイスラームの誕生とともに、イスラー
ム独特の伝統のように捉えられるようになった。保護される性としての女性は、伝統的には、結婚する前は父親や男兄弟、
結婚後は夫に従うことが期待されている。

イスラーム世界では、見知らぬ男性との婚前交渉が社会的に許容されておらず、結婚する前は、女性ひとりで見知らぬ男
性と接触することはなるべく避ける傾向にあり、男性と女性の空間をしきるものとして、ヴェールが着用されている。この「し
きり」が、アラビア語のパルダーという用語に当たり、パルダーは「カーテン」の意味である。つまり、ヴェールとはカーテンで
しきりをつくるという意味になる。コーランには、ヴェールをかぶらなくてもよい人間関係とそうでない関係が明記されている。
ヴェールをかぶらなくてもよい人間関係は「マフラム」というアラビア語の概念で示され、父親、兄弟、夫、夫の子ども、老人、
子ども、女性 であり、逆にマフラムでない関係の相手の前ではヴェールをかぶるのがよいとされている。ヴェールの着用は、
義務付けられている国と本人の自由意思に任されている国とがあり、前者には、サウディアラビア、イランなどがあり、後者
にはエジプト、トルコ、ヨルダンなどが入るが、後者の場合でも、ヴェールを着用する女性は増えている。

公共の空間では、バス、モスク、電車などが男性専用と女性専用とに分けられていることがイスラーム世界ではよく見られ
るが、実際には、すべての空間がすでにしきられているわけではないので、女性はヴェールをかぶることによって、この「し
きり」を設け、見知らぬ男性の視線から解放されるによう振る舞うという面がある。他方、ヴェールの考え方が破られるケー
スもあり、混んだ乗り合いタクシーに乗り込む時、見知らぬ男性と肌が触れることはあるが、これはしかたがないと考えられ
ているようである。また、サウディアラビアでは、外国人の女性は、体の線の出ないコート風の上着をまとっていれば、頭に
スカーフなどはする必要がないとされている国家もある。一方、イランではたとえ外国人であってもヴェールは着用しなけれ
ばならない国もある。

ヴェールには、チャドルのように一枚布で全身を覆うものから、レインコート風のコートにスカーフをかぶることで、体の線と
髪が出ないことが確保されれば、その形態やコートの長さなどが自由である場合など、多様である。また、トルコやイランの
ように、ヴェールがファッション化している国家もあるが、ヴェールは一般には都市部での現象であり、非都市部に行くと簡
易になる場合もある、他方、沙漠に住む人々は、砂よけや日よけのためにヴェールをかぶるという習慣もあり、体を覆うほ
どよい場合がある。

自らの意思でヴェールを着用する女性は中東でも欧米でも多い。ヴェールは、自分がイスラーム教徒の敬虔な女性である
ことの自己証明であったり、ヴェールによっては特定の政治・社会集団に属することを示すことであったり、公共交通機関で
のセクハラの防止であったりと、着用することが著す意味は多義的である。

このようにヴェールには多様な意味が表現されているが、着用すること自体が女性の場は家庭に一義的にあるという保守
的な社会もあり、そうした社会は概して部族単位で政治、経済、社会活動が営まれている地域である。そうした地域には、
中東と言ってよいかどうかわからないが、パキスタンやアフガニスタン、バングラデシュなどの南アジアの国家や、スーダン
イエメンなどの国家が入る。

他方、イランのように、1979年のイスラーム革命後、着用が義務化され、それによってむしろ自分の娘を安心して大学や
職場に送り出せると考えられるようになり、女性の大学や大学院進学がさかんになったケースもある。イランでは、イスラー
ム化政策のために女性の専門職が増えたことにより、女性の就労の機会が革命後増えている。

また、サウディアラビア、アラブ首長国連邦、カタールなどの石油、天然ガスなどの資源国では、一般に人口に占める外国
人の割合が7割以上あり、労働人口の「現地人化」政策が急務となっている。そうした国家では、大学進学率がむしろ男性
より高い女性を高度な技術、学力をもった人材として採用する政策に転換しており、特に女性の公的部門における就労率
は年々増加している。これらの国々では、女性のキャリアウーマンも徐々に増えており、母親や女姉妹の助けを得ながら、
子育てをしながら、大学院に入りなおしてキャリアアップをしていく女性たちも見られる。

中東の人々は、男性も女性も中東域内及び中東域外への移住をすることに対し抵抗感があまりないため、よりよい就労の
機会があれば外国に移住したり、出稼ぎに行ったりすることも多い。夫の仕事の都合で一緒に移住し、そこで自分のキャリ
アも磨いたり、NGOなどの社会的活動に従事したりする女性も多く、中東の中間層及び上層部の女性のモビリティは、一
般に日本人女性よりはるかに高い。

中東の女性の社会進出についての課題は、大きく分けて3つある。第一に、イスラーム法と呼ばれるイスラーム法体系に根
差した法が特に民法の分野に根強く残っており、男女平等になっていない法制度をいかに是正することができるかである。
「アラブの春」以降、ムスリム同胞団というイスラーム組織の後押しで成立したエジプトでは、新憲法が制定されたが、保守
的なイスラーム法学者の法解釈が以前よりも強く反映されるようになり、女性に関わる法的権利はむしろ縮小した。第二に、
アフガニスタンやイエメンのように、いまだに部族社会の伝統が根強い社会では、女性が男性と同じように教育を受けるこ
とに抵抗を示す保守層が多く存在する国家がある。そうした社会では、社会通念や価値観や社会規範の中に、ジェンダー
平等的な考え方を拡大していく必要がある。第三に、市場経済化が進展する中東の資源国においては、民間セクターでの
現地人化が特に急務となっているが、産休、育休などの制度が公的部門の方が整備されているため、女性が民間セクター
に労働力として進出していかない傾向がある。女性の高度人材をいかに活用していくべきか、女性の就労をより促進するよ
うな社会制度の構築が求められている。」(以上、中西教授による講演要約)

                                      
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講演では、イスラームの女性のかぶるヴェールを取り上げ、アラブ社会の中でヴェールがどのような役割を果たしているか
を、歴史的、文化的、社会的な観点から、また国によっても、民族によっても異なるあり方を、広範囲に、具体的な例をあげ
ながら明確にお話してくださった。質問のなかのいくつかを取り上げる。

@まず、なぜ特にイランを中心に研究をなさっているのかという質問には、中学生のときに「石油ショック」を経験し、中東地
域に強烈に関心をもった。その後大学時代に「イラン革命」が起こり、西アジアを専攻することを決めた。それ以来この道を
ひたすら走っている。語学はまずペルシャ語とウイグル語を、さらに英語、フランス語を勉強し、中東研究に備えた。世界の
エネルギーにとって中東の存在が今後の社会にどういう影響を与えるかということに関心をもっている、というお返事だっ
た。

Aヴェールは今後どうなると思うか、という質問に対しては、イラン、サウディアラビアでは国の法律で、かぶることが義務付
けられている。イランの場合で言うと、情勢が変われば、イランの女性はかなり脱ぐと思うが、自分の意思でかぶっている人
はなかなか脱がない。それは宗教上の理由の場合もあるし、ヴェールをかぶり、カーテンとして自分を囲むことで、大学、仕
事に進出できるし、セクハラを受けない利点もある。そういう人は常に一定数存在する。また、それぞれの国で民法が改正
され、イスラーム法という法体系がどれだけ、影響力をなくしていくかにもよる。又教育の問題もある。例えばサウディアラビ
アのような都市型(人口の80%が都市に住む)の国の場合は、この10年間女性は男性より高学歴である。イランでは大学
教員の半分は女性である。その様なところでは、ヴェールは形骸化している、とのことである。

B一夫多妻は現在どうなっているのか、との質問に対しては、中東女性のライフサイクルは、イスラームの教えで、次の世
代を生み、育てるというところにある。中東では子供を作ることは社会的な行為である。しかし現在、一夫多妻を法律上禁
止している国はトルコとチュニジアしかない。そこはイスラーム法の影響を受けない世俗法に変わった。それ以外の国では
まだイスラーム法の影響が残っている。しかし現実には、一夫多妻が残っている階層は、2つに極端に分かれる。一方は、
非常な富裕層(持参金に1 kgの金塊を用意するようなサウディアラビア、クゥエートの大金持ち、他方は、パキスタンやア
フガニスタンのように、紛争が続き、戦死者が多く、死んだお兄さんか弟のお嫁さんの面倒を見る必要のある階層である、と
のお答えだった。

C中東の女性に関する質問だけではなく、中東の最近の政治動向にかかわる質問もあった。「アラブの春」以来、中東では
民主化が進んだのか、シリア問題はどうなるのだろうか、との質問に対して、シリアのアサド政権を支えているのがロシア。
それが続く限り、アサド政権は落ちない。リビアの場合は、200名くらいしか死んでいない時に、人道的支援という名目で欧
米軍がリビアのカダフィ政権を崩壊させた。他方で、何10万という人間を殺しているアサド政権には、欧米軍は出て行かな
い。その理由は、イスラエルは第3次中東戦争でシリアからゴラン高原をうばった。しかしシリアはイスラエルと紳士協定を
結び、イスラエルを攻撃しない。したがってイスラエルを支援しているアメリカ軍はシリアを攻撃しない。イスラエルとイランは
敵対関係。アメリカとイランは敵対している。この関係の中で、アメリカの中東における覇権をきらうロシアと、反米であるイ
ランがアサド政権を支援している。中国もイランに近く、イランから石油を買っている。さまざまな問題が複雑に入り乱れて、
まるでシリアはパンドラの箱のようで、だから誰も手をつけない。従ってシリア問題は長引くと思う、というご意見だった。

最後に、先生に今後はどのような問題を扱おうと思っていらっしゃるか、お聞きしたところ、たくさんあるが、@イスラーム法
のなかの家族に関する民法規定が、民主化の波の影響でどう変わっていくかを研究したい。イラン、トルコ、エジプトの憲法
改正が、民法にどう影響し、変わっていくか、それが女性の権利にどう響くかを、比較研究したい。A安全保障問題で、グロ
ーバル経済が中東の、特に非産油国にどのような影響をあたえていくかを研究したい。Bフィールドワークとして女性が中
心になっているNGOを研究してきたが、それらが草の根の市民社会運動をどのように展開していくのか、たとえばレバノンで
はもう欧米からの資金援助はいらないというほどである。そこに焦点を合わせた調査をしていきたい、ということだった。

中東情勢は、イスラエル、エジプトは言うに及ばず、シリア問題、イラン問題など、現在まるで一触即発の火薬庫のような状
態にあり、その周囲には、欧米、ロシア、中国の思惑が複雑に絡み合っている複雑さである。それらをどう理解していいか
分からないと思っていた人も、中西先生の長年の調査研究に基づいた具体的で明晰な説明で、少しは分かった気になった
のではないだろうか。

そのような情勢の中で年に2、3回は中東に赴いて、フィールドワークをしていらっしゃる先生には本当に頭がさがる思いで
ある。ヴェールに象徴されるように男女が隔絶したイスラーム社会において女性の問題を調査する上では、女性研究者で
あることは絶対的な強みだと思われる。どうぞ今後も実りのある研究をお続けになって、私たちをまた啓発していただきたい
と思いながら、会を終えた。