4回例会講演要旨    「植物のかおりの生態学」
講師:塩尻かおり 会員(京都大学白眉センター特定助教)      201332


 京都大学大学院農学研究科博士課程終了後、日本学術振興会海外特別研究員としてカリフォルニア州立大学デービス
校で研修を積み、現在は京都大学白眉(次世代研究者育成)センターの特定助教。専門は化学生態学、昆虫・植物生態学。
昨年、大学女性協会の守田科学研究奨励賞を受賞され、また、昨年3月には京都大学が学内の優れた女性若手研究者に
贈る「たちばな賞」を受賞された。

「小学校の国語の教科書で、『植物は花粉を虫に運んでもらうために、花を進化させてきた』ことを知り、植物のしたたかさに
感心しました。博士課程で、植物は食害を受けたときに匂いを出し、食害している虫の天敵を誘引し、食害から免れるという
研究を行ってからは、植物の誘導防衛反応と植物の匂いがもたらす生物間相互作用に興味をもっています。」(「自己紹介」
より)

「植物のかおりと聞いて、思い浮かべるのは、花のかおりかもしれませんが、この講演では葉のかおりに注目します。こ
の葉のかおりは、なんらかの被害を受けると多く出されるだけでなく、被害の種類によっても異なります。そして、この変容
するかおりは様々な生物種に多様な影響を及ぼしています。目に見えない、また、あまり注目されていない植物の葉の
かおりが如何に生物界にとって重要かを以下の3つの研究例をもとに紹介します。

            1」害虫の天敵誘引
            2)夜行性昆虫の昼夜決定要因
            3)植物同士のコミュニケーション・ツール」

1)自分を食べる害虫の天敵を匂いで誘引する能力
 植物は匂いをだしているが、それは単一の成分でできているのではない。色々な成分が複合している。植物は、自分を食
う害虫の天敵を匂いで誘引して、その天敵が害虫に卵を産みつけ、害虫を餌にして食べ、害虫が死ぬことで、自分を守ると
いう能力を持っている。どの植物にもそれを食う害虫が居る。そしてその害虫を食う天敵がいる。例えば、キャベツを食う害
虫には、アオムシ(青虫、モンシロ蝶の幼虫)とコナガ(小菜蛾、1.5mmぐらいの小ささ)がいるが、アオムシの天敵はアオム
シコバエ蜂で、コナガの天敵はコナガコバエ蜂。それらの天敵はそれぞれ匂いで誘引されて害虫を見つけ、それに寄生す
ることで害虫を殺す。アオムシコバエ蜂は、コナガには寄生できない。このようにして、植物は匂いを出すことで、害虫の天
敵を誘引して、自己を守っている。

 キャベツでは、@健全なキャベツ、A人工的に傷つけたキャベツ、B虫に食べられたキャベツ、の3種類を使って実験を
すると、@の場合も匂いはでているし、Aの場合は、健全株に比べて匂いの量はどっと多くなるが、天敵がやってきても、人
口的に開けられた穴の周囲を回るだけであまり動きはない。Bコナガが食べたキャベツの場合は、コナガコバエ蜂が寄って
くる。アオムシの時は、アオムシコナガ蜂が寄ってくる。それらの匂いを分析すると、どの害虫に食べられているかで、その
天敵をおびき寄せる匂いを多く出していることが分かる。
 このように、植物が害虫の寄生虫をおびきよせる能力を持っていることに注目して、植物の害虫駆除に役立てようとしてい
る。

2)匂いは夜行性害虫の昼・夜決定の要因となる 
 トウモロコシにつく害虫にアワヨトウ(あわ夜盗)という虫がいる。その天敵はカリヤコマエ蜂である。アワヨトウは昼間は土
の中に隠れている。カリヤコマエ蜂は昼光性。なぜ、昼光性のカリヤコマエ蜂が、夜活動するアワヨトウに寄生するのか。夜
と昼とをどう区別しているのか。実験で分かったことは、@健全株は、明るくても暗くてもあまり匂いは出していない。A食べ
られている株も、暗いとあまり匂いは出ない。Bこのように夜は健全株も食べられた株もあまり匂いを出さない。しかし明る
い時は、健全株と食べられた株の匂いに差がでて、匂いは食べられた株の方に多く出る。したがって、植物の夜と昼に出す
匂いが、天敵の昼・夜の行動パターンに影響しているのがわかる。

3)匂いが植物間のコミュニケーションの道具になっている
 今私が最も力をいれて研究しているのが、植物間のコミュニケーションの問題である。健全株と食害株を並べると、食害
株の出す匂いで誘導されて、健全株が、あたかも自分も食べられているような匂いを出す。多くの植物は、食べられたら、
匂いをだすだけでなく、トゲを多くしてみたり、毒物質を出してみたりして、誘導防衛反応を示す。1980年代から言われてい
たこの相互作用説は、信憑性が疑わしいとされていたが、2000年に日本人研究者が、被害株に防衛遺伝子が発現するこ
とを証明した論文を雑誌 Nature に発表した。
 
 私は、アメリカの研究者などとチームを作って、アメリカのヨセミテ国立公園の東側にある、一面にセージブラッシュ(ヤマ
ヨモギ)の潅木の群生している平原で、この植物が野外でどのようなコミュニケーションをしているかという実験をしている。2
つの株を決めて、一方の株の枝を切って、隣の株を調べる。もう一対の株では、切った枝の切り口に袋をかぶせて、匂いが
出ないようにする。5月の初めにそれを行い、そのまま放置しておいて、9月にどれだけ被害を受けたか、食べられた穴の
数を数える。やられた数が少ないほど、葉っぱが防衛していることがわかる。匂いが出ている方が有意に数が少なく、防衛
作用が働いているという結果がでた。これでセージブラッシュではコミュニケーションが野外で行われていることが分かった。
この実験を他の植物にもしている。今年の実験では、タンポポ、セイタカアワダチソウも匂いをかがせると、虫にあまりやら
れなくなる。

 100株ほどの遺伝子を調べた結果、血縁が近いほど匂いが似ている。匂いで血縁関係を認識できるかどうか。クローン
株を使って調べると、似た匂いの個体を受容すると、誘導反応が起こり、被害率が低くなることがわかった。つまり、植物は
自分に似た匂いを認識できることが分かった。

4)上記の今までの基礎研究を応用の段階へ
 上記1)の基礎研究は、滋賀県大津市の京都大学生態学研究センターで、指導教授の下にチームで行っているが、被害
株の匂いは天敵を誘引することが分かり、その匂い成分も分かったので、それを使って天敵を誘引する製品を作るべく、実
験を開始している。京都府美山町の農家のビニールハウスの中に、ベープマットのようなものに匂いをつけて、蜂蜜と一緒
にぶら下げてみた。何もしないとやはりコナガは発生するが、匂いのついたベープマットをぶらさげると、全くゼロにはならな
かったが、確かに有効で、コナガの発生を農薬をまかずに抑えられる事がわかった。

 上記3)では、植物が色々な匂いでコミュニケーションをしていることが分かってきたので、それで何か出来ないか、現在模
索中である。田んぼのあぜ道に生えている雑草を刈ると、わっ−と匂いが出る。それがどういう影響を作物に与えているか
を調べている。その匂いを水田に放出すると、まだはっきりとした結果はいえないが、収穫量は増えた。黒豆の畑にも同じこ
とをすると、同じく収穫量は増えた。しかし残念なことに両方とも味は落ちる。それをどうするか、今それを考えている段階で
ある。

 結論としては、これらの実験を続けることで、生物の多様性のメカニズムを解明し、植物の匂いを使って、環境にやさしい
農業技術を確立していきたいと思っている。

                 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 葉っぱが匂いを出して自己防衛しているという塩尻さんのお話は、知らないことばかりで、皆にとって興味深いものだった。
家庭菜園をやっている会員が、今まで殺虫剤で害虫を殺していたが、天敵まで殺していたのですね、と驚いていた。自然が
どんなに見事に構成されているか、動物・植物がどんなに巧みに自己防衛をしているか、まだまだ私たちの知らないことば
かりだと実感した。お話の中でなにより印象に残ったのは、葉っぱが害虫に食べられた穴の数を調べるという、気の遠くな
るほど根気の要る、地道な仕事をなさっているということだった。実験科学者はすべてそうだが、あらゆる場合を想定して、
その1つ1つを調べていく、その努力にはただ頭の下がる思いだった。塩尻さんは3児のお母さんで、下のお子さんは昨年
9月にお生まれになったばかりである。大津の研究センター、美山町の農家、ヨセミテ国立公園など、広範囲な場所で実験
をしていらっしゃるのを考えると、驚くほかはない。賞もたくさんお取りになり、最近も論文1本を発表なさったばかりだという
ことで、最高の水準で研究をしていらっしゃるのは、ただただ素晴らしいの一言につきる。当日も、学校が土曜日でお休みな
ので、小学校一年生の長女のお嬢さんを連れていらっしゃった。お嬢さんはパソコンのパワーポイントを押すお手伝いを上
手になさり、お母さんのお話も分かっていらっしゃるようだったので、将来はお母さんのような理系の研究者になっていただ
きたいものである。講演が終わるとこれから保育園に赤ちゃんを引き取りに行くとのことだった。どうぞ今後もくれぐれもお体
に気をつけて、研究を続けていただきたいと、皆で盛大な拍手と共にお見送りした。